大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所長岡支部 昭和33年(わ)91号 判決

被告人 新島幸雄

明四一・三・一八生 会社員

主文

被告人を罰金壱万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金壱千円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十一年五月頃、新潟県北魚沼郡湯之谷村字須原口所在飛島土木株式会社奥只見出張所の所長に就任し、爾来、同出張所の業務一切を統括掌理する権限を有し、かねて同会社が大成建設株式会社から請負つた、奥只見川電源開発工事の附帯予備工事である同村字奥只見折立から同村字八崎に至る仮設道路新設工事の内同村字仕入沢第十五号から同村字八崎第十八号まで三粁余にわたる隧道の掘さく工事について、常時多数の労働者を使用し、昭和三十二年六月末までに完工する予定をもつてこれを施行し、労働者に関する事項について、事業主である飛島土木株式会社(本店、東京都千代田区九段二丁目三番地六二)のために行為をする使用者の任にあつたものであるところ、

第一  事業の附属寄宿舎を設置し、又は移転しようとする場合においては、これが仮設の建設物であつて命令で定められた危険又は衛生上有害でないものに当らない限り、その工事着手十四日前までに、所定の危害防止等に関する基準に則り定めた計画を、行政官庁に届け出なければならないのに、同村字須原口通称切掛沢の前記出張所隧道工事現場坑口(第十六号下口と第十七号上口との間に開設された横坑)附近に右事業の附属寄宿舎を設置し、これに労働者を寄宿させて右隧道の掘さく工事を進捗しようと企図し、

(イ)  昭和三十一年九月十日頃、右所定期間である十四日前までに、所轄小出労働基準監督署長に対し、右所定事項の届け出をしないで、右坑口附近において、右法定の除外事由に当らない右事業の附属寄宿舎(木造トタン葺平家建、建坪三十坪)一棟の新設工事に着手し、

(ロ)  同年十一月二十五日頃、(イ)の場合と同様に、所定事項の届け出をしないで、同所において、同様な右事業の附属寄宿舎(木造トタン葺平家建、建坪三十坪)一棟の移転工事に着手し、

第二  事業の附属寄宿舎について、労働者の生命の保持に必要な措置を講じるため、これを設置する場合には、雪崩のおそれのある場所を避けなければならないのに、前記出張所隧道工事現場坑口附近は、冬季積雪三米ないし五米に及ぶ降雪があり、同所の三方を囲む山の形状、傾斜度、同所の地形、及び山肌に生育せる樹木等の状態から雪崩のあそれのある場所であることを知りながら、前記隧道工事を完工するため、同所に右事業の附属寄宿舎を設置し、これに労働者を寄宿させ、冬季を通じ右隧道工事を施行しようと企図し、

(イ)  同年十月十五日頃、同所において、前記第一(イ)記載の寄宿舎一棟の新設工事を完成させてこれを設置し、

(ロ)  同年十二月十二日頃、同所において、前記第一(ロ)記載の寄宿舎一棟の移転工事を完成させてこれを設置したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(被告人側の主張に対する判断)

一、弁護人は、判示第一の各事実について、本件事業の附属寄宿舎はいずれも事業附属寄宿舎規程第三十七条の規定に該当する仮設の寄宿舎であつて、労働基準法第五十四条第一項但書により設置又は移転等に関する届け出を要しないものであるから、この点に関する被告人の行為は罪とならない旨を主張していると認められるので、これに当裁判所の見解を示す。

そこで労働基準法第五十四条第一項但書をみると、「仮設の建設物又は設備で命令で定める危険又は衛生上有害でないものについては、」その設置又は移転等に関し、同項本文所定の届出義務が除外されていることを明規しており、ここに「命令」とは、労働安全衛生規則(昭和二十二年労働省令第九号)をいうのであり、かつ右届出義務を除外された仮設の建設物又は設備の具体的な基準は、同規則第五十七条に規定されているところである。本来、右届出義務は、労働者の安全及び衛生の確保を徹底するため、危害発生の虞れがある建設物又は設備を設けさせないため、行政官庁をしてその計画審査を洩れなく施行させ、その不備については、工事の着手を差し止め、又は計画の変更命令を発せしめる機会をもつことにより、その監督の充全を期そうとする法意に基くものであつて、労働基準法第五十四条第一項但書及び労働安全衛生規則第五十七条が特に寄宿舎を明示せず、仮設の建設物又は設備について更に危険又は衛生上有害でないものに限定しているところをみると、労働者を収容する寄宿舎については特に監督を徹底させるためこれを右仮設の建設物又は設備の中に含ませていないものと考えることができる。従つて、本件事業の附属寄宿舎はいずれも事業附属舎規程第三十七条に規定する仮設の寄宿舎に該当するものではあつても、右届出義務を除外された場合に該当しないから、この点に関する弁護人の主張を採用することはできない。

二、被告人及び弁護人は、判示第二の各事実について、被告人は本件寄宿舎の設置場所が雪崩のおそれのある場所であることを全く知らなかつたから、故意を有しないものである旨主張しているので、この点について考察を加える。

まず、本件に則しこの点に関する構成要件をみると、労働基準法第百十九条第一号による同法第九十六条第一項違反の罪は、同条第二項の規定を受けて、事業附属寄宿舎規程第三十八条第二項により、いわゆる労働者の「生命の保持に必要な措置を講」ずべき基準として、「寄宿舎を設置する場合には」「雪崩のおそれのある場所」を避けなければならないと規定しているのであつて、雪崩のおそれのある場所に寄宿舎を設置することは、そのまま労働者の生命の保持に必要な措置を講じなければならない義務の違反となる一場合としている。

次に、労働基準法第九十六条第一項に違反した場合における罰則同法第百十九条第一号は、その故意犯のみを対象とするのか又は過失犯も含むかということは問題であるが、特に過失を処罰する規定のないこと、並びに明文なくして過失を処罰せねばならぬ程合理的な根拠を見出し得ないことにより、同法第百十九条第一号の規定は故意犯のみを処罰の対象とするものと解する。

そこで、この場合における違反者の故意を分析してみると、労働基準法第百十九条第一号による同法第九十六条第一項違反の罪については、当該使用者において、寄宿舎の設置場所が「雪崩のおそれのある場所」であることを認識することが必要であるが、それ以上の認識は不必要な抽象的危殆犯の一場合と考えられる。そして「雪崩のおそれのある場所」とは、当該寄宿舎の設置場所に雪崩が発生し又は襲来する蓋然性が存在することを意味するものである。

これを本件についてみると、被告人は当公廷において本件寄宿舎の設置に当り可能な限りの調査をし、雪崩の来ないことを確め、最も安全な場所であると考えてこれを設置したものである旨の供述をし、本件第一回及び第八回公判期日においても同旨の供述をした旨記載(二四丁、三〇〇丁ないし三〇四丁)されている。そして、証人高瀬喜作(六四丁ないし六八丁裏)、亀井斉(八四丁ないし九五丁)、宇佐美信逸(一五八丁)及び佐藤聞哉(一九九丁ないし二〇三丁)の各証人尋問調書には、当時被告人並びにその輩下の工事担当者等は、いずれも新雪(表層)雪崩(通称アイ、アワ、ワボウ)に関する充分な智識を有せず、本件寄宿舎設置場所について全層雪崩の危険を調査した結果、最も安全な場所であると考えていた旨の供述記載が存在し、証人谷川幸次の証人尋問調書(一四五丁裏一四六丁)には、新雪雪崩及び全層雪崩ともにそのおそれのない場所であると思つていた旨の供述記載がなされている。なお本件寄宿舎の設置に当り、建築係としてこれを設計しかつ監督をした田治康作の証人尋問調書(一七〇、一七一丁)によれば、同人は、本件寄宿舎の設置場所について、山の傾斜の状況並びに積雪状態を知りながら、雪崩のことについては全然考えていなかつたし、その危険も感じなかつた旨を証言した旨記載されているのである。しかし、本件寄宿舎の設置当時、現場の監督を担当していた名智令三の証人尋問調書(一〇七丁ないし一一一丁)によれば、同人は積雪の状態からみて、雪崩のおそれのある場所であるとは考えていたが、寄宿舎が相当量の雪に覆われていれば、現実に雪崩があつたとしても寄宿舎が倒壊するようなことはないと考えていた旨の供述記載がなされており、被告人をはじめ、宇佐美信逸(二一六丁裏二一七丁)、谷川幸次(二二二丁)、高瀬喜作(二四〇丁ないし二四六丁)及び亀井斉(二四九丁ないし二五三丁)の検察官に対する各供述調書によれば、いずれも本件寄宿舎の設置場所には、新雪雪崩のおそれがあることを知つてはいたが、寄宿舎を設置したとしても雪崩の本流からは外れ現実に損害を蒙ることはないであろうと考えていたものである旨略同旨の供述記載が存在していること、そして災害調査復命書写、深井富夫作成の報告書、実況見分調書、安藤敏夫作成の報告書、並びに受命裁判官の検証調書の各記載等によつて認められるとおり、本件寄宿舎の設置場所は、隧道掘さく工事により、坑口から搬出された土砂をもつて谷間を埋めた略平坦地であり、同所の略北、東、西の三方には約二十五度ないし四十度以上の急傾斜面と、同所から視界範囲目測約七十米ないし百米以上に及ぶ山に囲まれ、その山は上方約二分の一の部分に目通り約八寸から一尺程度、高さ約十五米程度の姫松又は椈樹が散在しているのみであつて、その下方は通称柴木等の灌木類が湾曲して密生している状態であること、そして略北方約四十米には通称切掛沢の滝状を呈する落口があり、略東北約三十米には坑口上方附近において沢状を形成する小規模な谷が存在していること、これに同所附近における積雨状況並びに新雪雪崩の危険性並びに発生条件等に関する証人古川巖の証人尋問調書の記載(一二三丁ないし一三七丁)を総合して考察すれば、同所が客観的に雪崩のおそれのある場所であることを明らかに認めることができる。

なお深井富夫作成の報告書によれば、昭和三十一年十一月十二日小出労働基準監督署において、奥只見川及び黒又川の電源開発事業関係者等を参集させて冬季対策打合が開催され、飛島土木株式会社奥只見出張所の安全管理者亀井斉及び労務係谷川幸次が出席をしていること、その際雪崩に関する説明書の配付を受けるとともに、雪崩に対する宿舎、設備の保守対策について説明があつたこと、及び右雪崩に関する説明書には新雪雪崩について相当詳細な説明がなされていることも明らかなところである。よつて、当裁判所は、被告人の検察官に対する供述調書の外前掲証拠を総合し、本件寄宿舎設置当時において、被告人は、当該設置場所が雪崩のおそれのある場所であることを認識していたものと認め、この点に関する被告人及び弁護人の主張を採用しない。

三、弁護人は、判示第二の各事実について、被告人に対し、本件寄宿舎の設置を避くべきことを期待することは当時不可能な事情が存在していたから被告人にその刑事責任を帰せしむべきでない旨を主張し、その主たる理由として、被告人が施行の任に当つていた本件隧道掘さく工事は、国家的政策に基く奥只見川電源開発事業の予備工事であつて、予定期限までに完工するためには、越冬工事を回避することができないものであり、飛島土木株式会社において右工事を請負つた以上、同会社奥只見出張所長としては、当時越冬工事の強行を余儀なくされていたこと、そのため被告人としては、右工事現場附近に労働者を収容する事業の附属寄宿舎設置の必要に迫られ、最も安全な場所を選定して、本件二棟の寄宿舎を各設置したものであること、並びに吾々が被告人の立場にあつたとすれば、矢張り被告人と同様な態度に出たものと考えられることを強調している。

本件記録によれば、被告人が前記出張所長として管掌していた判示隧道掘さく工事は、飛島土木株式会社が大成建設株式会社から下請負いをした奥只見川電源開発事業の予備工事であり、同電源開発事業が、発電、治水、潅漑又は観光上巨大な便益をもたらすものとして、国家的開発政策に基いて、かねてから鋭意進行中であつたことは充分認められるが、これらの事実を以てしても労働者の安全を守るために定められた法規の要請を却けてまでこの工事を強行せねばならなかつたとか、又誰がやつても被告人と同様の挙に出たとしか思えないものと認めることはできない。ただ、昭和三十一年十月二十二、三日頃、小出労働基準監督署員による総合監査の際、同署員が判示第二の(イ)記載の寄宿舎の設置を看過したことはその不明を物語るものであるが、之を以てしても多数の人命を預かる被告人の責任を免れしむるものとはいえない。従つて期待可能性なしとの主張も採用し難い。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各所為は、労働基準法第五十四条第一項本文、労働安全衛生規則(昭和二十二年労働省令第九号)第五十六条、第五十七条、労働基準法第百二十条第一号、罰金等臨時措置法第二条に、判示第二の各所為は、労働基準法第九十六条第一項第二項、事業附属寄宿舎規程(昭和二十二年労働省令第七号)第三十八条第二号、労働基準法第百十九条第一号、罰金等臨時措置法第二条に各該当するから、右第二の各罪についてそれぞれ所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第二項により各罪について定められた罰金の合算額の範囲内において、被告人を罰金一万円に処し、なお、同法第十八条により被告人が罰金を完納できないときは金一千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項によりその全部を被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博 石藤太郎 川瀬勝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例